A Tale of Two Islands

東京大学法学部から英国のシェフィールド大学へ一年間交換留学。現地での思いを綴ります。関心は国際政治と東アジア。

Jeremy Corbynへのいたずら?

 先週末、コペンハーゲン大学*1に留学中の友人が英国に来るということで、同じく英国に留学中の同級生の友人たちと一緒に四人でロンドン観光を楽しみました!その際、ビッグベンで有名な英国の国会議事堂を内部見学したのですが、その中でやや興味深い写真を見つけました!
 その写真の(やや強引な)解釈の説明でもって、最近の留学生活で学んでいること・考える事の整理に代えたいと思います。

 

観光客のごみ

 国会議事堂の内部見学はとても充実していて、庶民院貴族院のホンモノの議場の見学も可能です*2庶民院の入り口にはチャーチルサッチャーなどの銅像が君臨していてなかなか格好良いのですが、銅像のすぐそばに現役の議員への手紙入れのような木箱があって*3、ある議員の引き出しにだけ、紙くずのようなごみが入っていました。観光客が入れたと思われるのですが。。。

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 紙くずを入れられた木箱の持ち主の名は、現在の労働党党首であるJeremy Corbyn。彼はちょうど先月末に労働党党首選で再選を果たしたのですが、彼の再選はこちらではBrexitと同じくらい話題に尽きないテーマとして扱われています。そしてこのウェストミンスターの観光地で発見した紙くずのいたずらは、僕にとってこの労働党党首に対する反発として映ったのでした。

 講義など*4を通じて英国の議会政治の動向を知るにつれ、この国の議会政治はとても不思議で違和感に溢れたものとして映ります(日本政治の常識や経験から逸脱したものが多い)。しかし同時に、現代の英国政治の諸問題は、今日の我が国を含めた多くの民主主義国における議会・政党に関する諸問題を痛烈に映しだしているようにも感じます。この不思議な英国政治の今日的諸問題と、そこから翻って立ち現れるより一般的な議会政治に関する所感について、このいたずらの写真を出発点として(講義の復習も兼ねて)書き連ねていきたいと思います!

(ちなみに議員の名前の横に貼られているカラーシールは所属政党を示しています。Jeremy Corbynの名前の横にある橙色は労働党、大量にある水色は第一党の保守党、そして紫色はスコットランド国民党、SNPです。SNPは台頭するスコットランド民族主義を背景に、2015年の総選挙で大勝し、現在は第三勢力の地位を占めています。)

 

Should the Labour Party Split?

  Jeremy Corbynを巡る労働党の問題は、端的に「彼の政策が、労働党所属の庶民院議員の目指す方向性とズレていること」に集約されます。そもそも労働党の起源は複数の社会主義政党労働組合の複合体であり、中でも組織票と資金力を持つ労働組合労働党の方向性に対して与える影響力は極めて大きなものがありました。労働組合主導の左派的な経済政策に時代錯誤を感じたブレア政権による「New Labour」の改革によって労働党は支持層を拡大させたものの、それは逆に保守党との明確な党是の違いを打ち出すことができなくなることを意味するものでもありました(法学部の政治学の講義で扱った「ヴァレンスイシューモデル」)。結果、ブレア*5・ブラウン両政権以降は保守党との違いを明確に打ち出せず、保守党に与党の座を譲る事になります。

 そのような経緯の中で登場したJeremy Corbynは、労働党がその独自性を失う中、労働党支持者に明確な労働党像を提示したことで支持を獲得したと言われます。すなわち、公共支出の拡大や反戦など、かつての労働組合を中心とした「最左派」的な政策を打ち出し、さらに草の根の支持拡大活動を行って党員の支持を広げていきました。

 その結果、ブレア、ブラウンといった二人の元首相や、大部分の労働党議員がJeremy Corbynの指導力に疑問を抱き、労働党議員から信頼を得られていないにも関わらず、議会の外の労働党員の支持*6によって、Jeremy Corbynは先月末に党首として再選を果たしたのでした。

 このように、New Labourとして急進的な政策を改め、政権を担うことのできる野党として労働党を発展させたいと考える労働党議員と、New Labour以前の伝統的な左派政党として労働党を支持する議会外の草の根的な党員との間には、労働党の目指すべき方向性に大きな乖離が生まれてしまっているというのが労働党の現状と言えるでしょう。 

 労働党はその内部において大きな政策上の矛盾を抱えており、Jeremy Corbyn党首と労働党議員の間の確執が続く以上、労働党は分裂して内部矛盾を解消するべきなのではないかというのが、その次に出てくる議論です。実際、今年の6月末に出された労働党議員による労働党党首に対する不信任動議は賛成172反対40の大差で可決しており、その時点でJeremy Corbyn率いるShadow Cabinet(影の内閣*7)は、多数の労働党議員のShadow Cabinetからの辞任によって崩壊状態にありました。党首が党の議員から信頼を得られていない状態で、野党第一党としての議会運営が困難になるのは想像に容易いです。

www.bbc.co.uk

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 (写真はDebating SocietyのPublic Debatesの様子。Should the Labour Party Split?のテーマで議論がなされた。)

 自分がこのShould the Labour Party Split?という議論をこちらに来て耳にしたときには、絶対に分裂するべきではない、という意見を真先に抱きました。近年スコットランドなどへの権力移譲(devolution)や最高裁の設立(最高裁の設立が2005年の法改正によって決まるまでは、上院が司法の権限を握っていた)が進んだことによって「議会主権」が弱まってきているとは言え、依然英国はその他の先進諸国よりも議会に権力が集中していると言えるし、そのようなシステムの中で第一党である保守党が強くなりすぎて他の政党が対抗できなくなるのは、権力の対抗関係がいびつになるように感じたから、というのが大きな理由でした。今でもこの意見は変わらないのですが、一方でJeremy Corbynが党首でいる間は労働党が政権を奪還できないだろうというメディアなどの見解を聞くに連れ現状のままでは明らかにまずいとも感じます。もしもBrexitを進める保守党が何らかの過ちを犯した際に、責任を追求する事のできる強い政党が不在である現状はあまりにも覚束ない。

 

国民の政党不信

  このようにJeremy Corbynを巡る労働党の現状について見てきましたが、しかしJeremy Corbynが行う「草の根」の政治活動は一方で、国民の政治への関与を促し、政党不信や政治家不信を払拭するものとして期待されている方策でもあります。というのも、現代における政治問題は極めて高度化し、政策における争点に関して、国民の側からも、そして政党の側からも、それぞれが遠ざかっている現象が、国民の政党不信、ひいては政治不信を巻き起こしているのだという議論がこの国においてもあります。この議論は全く日本と同じでとても親しみやすい。

 そしてこの国民の政治不信によって引き起こされる問題として、一点目として政治への不参加(投票率の低下、支持政党の不在など)が挙げられ、二点目としてより簡単な争点への傾倒(地域政党への支持やナショナリズムを煽る極右政党への支持など)が起きてしまいます。この二点も英国に限らず、日本など多くの先進諸国で共通の課題であるかと思うのですが、特に興味深い現象として、二大政党に投票された票の割合が年々低下している点が挙げられます。英国の庶民院議員は小選挙区制のみで選出されるため、二大政党制の議席が実際の獲得票数よりも誇張されるのは明らかではあるのですが、その誇張の歪みは戦後一貫して拡大傾向にあると言えそうです。

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 (画像は講義スライドより引用。水色が議席のシェアで、こちらは安定している一方、ピンク色の獲得票の割合は90年代以降ほぼ下降傾向にある。)

 この歪みの差分はすなわち、死票となってしまった他の政党への支持であるといえるのですが、ここで比較すると面白いのが、英国における欧州議会議員選挙の結果です。欧州議会議員選挙はEU加盟国に割り当てられた議席数を、比例代表制によって選出することになっているのですが、最新の2014年の英国の欧州議会議員選挙で最大の票を獲得し第一党となったのが、保守党でも労働党でもなく、極右政党であるUKIPイギリス独立党)だったのです!

 もちろん、庶民院の総選挙と欧州議会の総選挙で争点領域は大きく異るし、BrexitでLeaveを選択した事も考えると当然と言えば当然ではあるものの、国民が伝統的な二大政党から離れ、UKIPやSNP*8など「わかりやすい」トピックを争点化しポピュリズムを煽る政党に流れてしまう現象は、国民の政党不信や政治不信の一つの帰結のあり方であるように感じます。

 それならば、むしろ伝統的な二大政党もまた、国民との距離を近め、政策上の争点を大衆化することなく、党組織の透明化やSNSの活用などによって国民の政治への距離を少しずつ近づけていくことが求められていると言えます。実際オバマ大統領の大統領選の戦い方などは勃興するSNSを上手に使った選挙として語られることもあります。

 そのような文脈の中であっても、Jeremy Corbynの支持の獲得の仕方は、争点の大衆化を行い左のポピュリストとして勝利したという見方の方が妥当ではあると思いますが、このようなJeremy Corbynの戦い方をただ「ポピュリストだ」といって忌避するだけでは、伝統的な政党がたとえ争点を高度化して戦ったとしても、大衆に迎合した政治家に負けてそれで終わり*9なのではないでしょうか。それよりは、争点の大衆化に陥らないよう留意しつつ、国民との距離を近づける努力を保守党やNew Labourなど伝統的政党や政治家は求められているのではないだろうかと思います。

 この議論から翻って我が国の政治を見てみると、分裂する労働党の姿は、一枚岩になりきれない民進党を見るようではあるものの、市民との距離を近づけることによって議席を獲得するという手法に関しては橋下徹小池百合子など地方自治体における選挙の域を超えないように思います。ただ、そうではあっても排外的ナショナリズムの勃興の影は現代日本において明らかに見られるし、自民党民進党が国民との距離を近づけることに成功していないようにも思います。安倍総理の「マリオ」芸などはその点で面白いしうまいやり方であると言えそうです*10。いずれにせよ、英国議会政治の混迷を記憶していくことの意義はたとえ日本人においても失われないように思います。日本政治の講義でも日本の議院内閣制と英国の議院内閣制は頻繁に比較されていたし。

 

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 やや固い内容かつ取り留めのない間延びした記事になってしまったので、最後にクリスマス衣装したハロッズの熊の写真でも。冬はすぐそこです。

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*1:東大留学界隈ではコペンハーゲン大学をコペ大と称するらしい

*2:議会が開催される日は二階の傍聴席からガラス越しに見ることができるらしい

*3:木箱の実態はちょっと確認しそこねました、手紙入れかは自信ないです🙇。全く関係ないけれどもMP(議員、Member of Parliamnet)に陳情できるサイトがあった。

*4:こちらでは、①英国の国家社会関係、②中国の台頭、③東アジアの歴史と記憶の三つの講義を前期に履修しています。各講義にlectureとseminarが一コマずつあり、時間的拘束はないものの英語力の不足と論文の量があってなかなかしんどいです。。。一回もゼミで発言できない日などは特に悲しい。

*5:ブレアは依然人気が強いようで、現状の労働党の迷走を食い止めるために政界復帰するという見方も。

*6:これを左のポピュリスト、という人も。

*7:与党の内閣に議会で対抗するために、野党が影の大臣などを選出し議会で与党が組織する内閣と議論を戦わせる。

*8:本ブログの最初の方で登場。

*9:うまく大衆を味方につけたBrexitにおけるボリス・ジョンソンなどがその好例。今は下火だけれどトランプも。

*10:彼の場合、自民党内での極度の権力集中や、国会での対抗権力の不在などによってやや不信感を払拭できていない気もしますが。